山形大学ナスカ研究所とIBM研究所の共同研究チームが、人工知能(AI)を活用してナスカの地上絵の大規模調査を実施した結果、新たに303個の図像型地上絵を発見したことが、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された。この画期的な成果により、既知の図像型地上絵の数がほぼ倍増し、ナスカ文化の理解に新たな光を当てることとなった。
AIを活用した革新的な調査手法
従来の地上絵調査では、膨大な量の空中写真を人間が目視で確認する必要があり、非常に時間と労力を要していた。今回の研究では、IBMが開発した最先端のAI技術を導入することで、地上絵が存在する可能性の高いエリアを効率的に特定することに成功した。
このAIモデルは、限られたトレーニングデータから高精度の地上絵検出を実現するよう設計されており、具体的には、自然写真で事前学習されたモデルを使用し、それをナスカの地上絵に特化して微調整するアプローチを採用した。また、従来の物体検出アルゴリズムとは異なり、5メートル解像度の連続的な地上絵確率マップを生成する格子状の分類モデルを開発した。
これらの革新的な手法により、AIは合計1,309個の地上絵候補を提示。そのうち約4分の1について現地調査を実施した結果、303個の新しい図像型地上絵を確認するに至った。この発見率は、従来の方法と比べて16倍以上の効率性を示している。
新たに発見された地上絵の特徴
AIによって発見された303個の新しい図像型地上絵は、主に「レリーフ型」と呼ばれるタイプのものだった。これらは平均サイズが9メートルと比較的小さく、人間や家畜、儀式的な切断された頭部などのモチーフが描かれている。
具体的な内訳は以下の通りである:
- 人型図像:33.8%
- 切断された頭部:32.9%
- 家畜化されたラクダ科動物:14.9%
- 野生動物:6.9%(鳥、猫、蛇、サル、キツネ、シャチ、魚など)
これらの新発見により、ナスカの地上絵の全体像がより明確になった。特に注目すべきは、レリーフ型地上絵と線型地上絵の間に顕著な違いが見られたことだ。
レリーフ型地上絵と線型地上絵の違い
- モチーフの違い:
- レリーフ型地上絵:人間や人間によって改変されたもの(家畜、切断された頭部など)が81.6%を占める。
- 線型地上絵:野生動物が64%を占め、人間や家畜のモチーフは見られない。
- サイズの違い:
- レリーフ型地上絵:平均9メートルと比較的小さい。
- 線型地上絵:平均90メートルと巨大。
- 分布の違い:
- レリーフ型地上絵:古代の曲がりくねった小道から平均43メートルの距離に分布。
- 線型地上絵:直線的/台形の地上絵ネットワークから平均34メートルの距離に分布。
地上絵の目的と使用方法に関する新たな知見
これらの違いは、レリーフ型地上絵と線型地上絵が異なる目的で作られ、使用されていたことを示唆している。
- レリーフ型地上絵:
- 個人や小規模なグループによって作られ、使用されたと考えられる。
- 曲がりくねった小道に沿って分布しており、歩行中に見ることができる「掲示板」のような役割を果たしていた可能性がある。
- 人間の活動に関する情報を共有する目的で使用されていたと推測される。
- 初期ナスカ期(紀元前100年〜紀元50年)またはそれ以前から使用されていたとされる。
- 線型地上絵:
- コミュニティレベルで計画され、儀式的な活動に使用されたと考えられる。
- カワチ神殿やナスカ川の合流点への巡礼ルートの一部を形成していた可能性が高い。
- 野生動物をモチーフとしていることから、これらの動物に関連した儀式が行われていたと推測される。
- 早期ナスカ期(紀元50年〜300年)に使用されていたとされる。
今後の展望と課題
この研究は、考古学におけるAI活用の可能性を大きく示すものとなった。今回の調査で訪れることができなかった968の有望な候補地には、さらに248以上の図像型地上絵が存在する可能性があると推定されている。
また、気候変動による極端な気象現象や砂漠地帯での洪水リスクの増大など、ナスカの地上絵は新たな脅威に直面している。AIを活用した迅速な地上絵の特定と記録は、これらの世界文化遺産を保護し、管理するための新たな戦略につながることが期待される。
今回の研究成果は、ナスカ文化や古代アンデス文明の儀式的実践に関する理解を深めるだけでなく、考古学的調査におけるAI技術の革命的な可能性を示すものとなった。今後、さらなる調査とAI技術の発展により、古代文明の謎に新たな光が当てられることが期待される。